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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4415号 判決 1965年10月13日

原告 田久保宏隆

右訴訟代理人弁護士 中嶋真治

被告 弓立末広

右訴訟代理人弁護士 加藤弘文

同 和田良一

被告 巴山光一

主文

被告らは合同して原告に対し金三六万七、四三二円を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その三を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し合同して金六〇万円を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告巴山光一は昭和三七年一一月一九日、額面金二五万円・満期昭和三八年二月二八日・支払地振出地共埼玉県草加市・支払場所埼玉信用金庫草加支店・受取人被告弓立末広(以下(イ)の手形という)、及び昭和三七年一一月二〇日、額面金三五万円・その他の手形要件は(イ)と同一(以下(ロ)の手形という)の約束手形各一通を振出した。

二、受取人弓立は(イ)及び(ロ)の手形を拒絶証書作成義務を免除の上原告に白地裏書譲渡し、原告は(イ)の手形を白地を補充せず、かつ裏書をしないで訴外宮尾しづ子に譲渡し、同人は訴外株式会社常磐相互銀行に取立委任裏書をなし、(ロ)の手形は原告から訴外全東栄信用組合に割引のため裏書譲渡した。

三、右訴外銀行及び組合は、それぞれ(イ)及び(ロ)の手形を各満期に支払場所に支払のため呈示したが、いずれも預金不足との事由により支払を拒絶された。

四、そこで原告は、(イ)の手形を訴外宮尾しづ子から買戻してその裏書を抹消し、第一裏書の被裏書欄に原告の氏名を記載補充し、(ロ)の手形は訴外全東栄信用組合から買戻し、現に右二通の手形の所持人である。

五、よって原告は被告らに対し合同して、右手形金合計金六〇万円の支払を求める。

以上のように述べ、被告弓立の抗弁に対し「(一)利息制限法違反の点に関する被告主張事実はすべて否認する。(二)時効の抗弁については、被告弓立は昭和三八年三月中旬頃原告に対し本件手形債務を承認し、その弁済方法として額面金三万円・満期同年五月二五日から昭和三九年一二月二五日まで毎月二五日・支払地東京都豊島区・支払場所池袋信用組合・振出地東京都新宿区・振出人弓立節子・受取人弓立末広・振出日付白地の約束手形合計二〇通を交付したので、原告は本件手形の支払を猶予した。従って本件手形の消滅時効は右延期手形の満期日から進行すべきところ、原告はこれより一年内である昭和三九年五月一八日本訴を提起したのであるから、時効は未だ完成していない。」と述べた。

被告弓立の訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として「請求原因第一ないし第三項の事実は認める。第四項中原告が現に手形所持人であることは認め、この余は不知。」と述べ、抗弁として次のとおり述べた。

(一)  利息制限法違反

(1)  被告巴山は昭和三七年五月二八日原告から金六〇万円を弁済期同年八月二八日として借り受け、三ヶ月分の利息二五万円を天引され、現金三五万円の交付を受けた。その際現実に交付を受けた金員の支払のため三五万円の約束手形を、利息の支払のために二五万円の約束手形を、その他の要件は本件(イ)及び(ロ)の手形と同様に記載して(被告弓立の裏書も含め)、原告に交付されたのであって、被告弓立の裏書は右借入金の保証のためである。そして右各手形が書替えられたのが本件約束手形二通である。

(2)  右借入金三五万円に対する昭和三七年五月二八日から本件手形の満期日たる昭和三八年二月二八日まで九ヶ月間の利息制限法所定の年一割八分の割合による利息四万七、二五〇円と、現実に交付を受けた金三五万円の合計三九万四、二五〇円のみについて被告らは支払義務があるところ、右借入金に対し被告弓立が原告に対し昭和三七年一〇月八日利息として金二八万円を支払ったが、これは制限利息を超過する部分について無効であるから、本訴において右超過部分を元本の弁済に充当する旨の意思表示をする。その上被告弓立は昭和三七年一一月二八日元本の弁済として金一二万円を支払ずみである。従って残存債務は存しない。

(3)  仮りに右金員消費貸借が原告と被告巴山との間に成立したものでないとすれば、原告と被告弓立との間に成立したと主張する。この場合も前記と結論は同様である。

(二)  時効

(1)  仮りに原告に手形金請求権があったとしても、本件手形二通は、いずれも満期が昭和三八年二月二八日であるから、(イ)の手形の所持人である原告の裏書人である被告弓立に対する遡求権は手形法第七〇条二項、第七七条により満期の日から一年即ち昭和三九年二月二八日時効により消滅した。(ロ)の手形については原告は昭和三八年三月一日受戻しているから、手形法第七〇条三項、第七七条により裏書人である原告の他の裏書人である被告弓立に対する遡求権は受戻の日から六ヶ月即ち昭和三八年九月一日時効により消滅した。

(2)  原告の再抗弁事実は争う。

被告巴山は請求棄却の判決を求め、答弁並びに主張として次のとおり述べた。

(一)  請求原因第一項は認める。第二項は不知。第三項は認める。第四項中原告が現に手形所持人であることは認めるが、その余は不知。

(二)  本件手形は被告巴山が受取人被告弓立の依頼により融通手形として同被告に貸与したものであって、右手形金は同被告において解決すべきものであるから、被告巴山としては原告の請求に応じられない。即ち、被告巴山と被告弓立の間には従前から融通手形を交換利用しており、本件手形は前記のとおり被告巴山が被告弓立のために貸与した融通手形である。これとは別に被告弓立の妻節子から被告巴山は昭和三七年一二月金三〇万円を借り受けたが、昭和三八年三月頃被告巴山所有の電話を売却し、金二〇万円を右弁済に充当し、残金の一〇万円は免除を受けた。その際被告弓立は本件手形金については自己の責任において解決する旨確約した。

証拠≪省略≫

理由

一、被告弓立に対する請求について

被告巴山が被告弓立に宛て本件(イ)及び(ロ)の約束手形合計二通を振出し、被告弓立が原告に対し拒絶証書作成義務を免除の上、白地式裏書により右手形を譲渡したこと、原告が(イ)の手形を白地を補充せず、かつ裏書をしないで訴外宮尾しづ子に譲渡し、同人は訴外常磐相互銀行に取立委任裏書をなし、同銀行から満期に適法な支払呈示をしたところ、預金不足との事由により支払を拒絶されたこと、(ロ)の手形は原告から訴外全東栄信用組合に割引のため裏書譲渡し、同組合において満期に適法な支払呈示をしたが、前同様の事由により支払を拒絶されたこと、原告が現に右(イ)及び(ロ)の手形の所持人であること、以上の事実は当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫を綜合すれば、本件手形が不渡となった後、(イ)の手形は訴外常磐相互銀行から訴外宮尾しづ子に返還され、原告は右訴外人と話合の上、買戻代金は別途に決済することとして右手形の返還を受け、同訴外人の裏書を抹消し、第一裏書人の欄に原告の氏名を記載補充し、(ロ)の手形は原告が全東栄信用組合から買戻したものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。上記認定事実によれば、原告は右(イ)及び(ロ)の手形の実質上の権利者であることが認定できる。

そこで被告弓立の抗弁について順次判断する。

(一)  利息制限法違反の抗弁について

≪証拠省略≫を綜合すれば、被告巴山は被告弓立の妻節子に対し、昭和三七年一一月中旬本件手形二通合計金額六〇万円により他から金融方を依頼したところ、当時被告弓立と不動産取引業を営む原告との間に金融取引関係があったので、右節子が被告弓立の承諾のもとに、被告弓立の名義で裏書の上原告に融資を依頼し、原告が右手形を担保として被告弓立に対し、同年一一月二〇日手形額面金額と同額の金六〇万円を弁済期は手形の満期日である昭和三八年二月二八日、利息月八分、手数料月五分として貸付けることとし、元本六〇万円から弁済期までの利息手数料金二五万円を天引し、残額三五万円を右節子に交付し、同人はその内三〇万円を被告巴山に交付したこと、従って、原告が弓立節子から受領した額面三五万円の本件(ロ)の手形はこれと同額の現実に授受された金員の支払担保のためであり、額面二五万円の(イ)の手形は天引された金額に相当する金員の支払担保のためのものであったことが認められる。以上認定に牴触する証人弓立節子及び原告本人の各供述、殊に、前記金員貸借は昭和三七年五月頃成立したもので、本件手形はその際原告に交付した旧手形を満期日到来の都度利息を前払して書替えたものであるとの趣旨の証人弓立節子の供述部分、本件手形の授受は金員貸借を原因とするものではなく手形割引に基づくもので、前記二五万円は割引料として差引いたものであるとの趣旨の原告本人の供述部分は、ともに信用することができない。前掲各証拠によれば、原告が本件手形による金融に応じた際、原告は振出人被告巴山からは訴外弓立節子を通じて被告巴山作成の手形振出の確認書を徴しただけで被告巴山の信用状況や本件手形の振出原因等については格別調査するところがなく、従って手形自体の価値に重点をおいたのではなく、むしろ被告弓立の信用に依拠したものであることが認められ、このことと利息及び手数料の名目で月一割三分に達する高率の金額が天引されている等の前記認定事実を合せ考えれば、本件手形による金融が手形割引に基づくものとは認めることができない。

原告が利息制限法違反をいう趣旨は以上認定の事実関係の下において天引された制限超過利息は元本の弁済に充てられたものとみなさるべきであるとの主張をも含む趣旨と解される。従って、原告と被告弓立間の金員貸借において被告弓立の返済を要する元本金額を計算すると、

(1)  天引額二五万円(手数料は利息とみなされる)から

(2)  現実の受領額三五万円に対する利息制限法所定の年一割八分の割合による昭和三七年一一月二〇日から三八年二月二八日まで一〇一日間の制限利息一万七、四三二円(円未満切捨)を差引いた

(3)  制限超過分二三万二、五六八円

が元本の支払に充てたものとみなされるので、金六〇万円から(3)の二三万二、五六八円を差引いた金三六万七、四三二円となる。

被告弓立は昭和三七年一一月二八日元本内入弁済として金一二万円を支払ったと主張するけれどもこれを認めるに足りる証拠はない。

上記認定事実によれば、被告弓立は原告に対し金三六万七、四三二円の貸金債務を負担するものというべきであり、従って本件(ロ)の手形金三五万円については全額の、(イ)の手形金についてはその内一万七、四三二円の支払義務を免れることができない。

(二)  時効の抗弁について

本件訴状が昭和三九年五月一八日当裁判所に提出されたことは記録により明らかであるから、裏書人たる被告弓立に対する本訴の提起は、拒絶証書作成義務を免除された本件各手形の満期日たる昭和三八年二月二八日から一年を経過した後にされたものであることが認められる。

そこで原告の時効中断の再抗弁について審理するに、表面の成立に争いがなく、その余の部分は≪証拠省略≫により第一裏書人欄に押捺された被告弓立末広名義の記名印並びにその名下の印影が同被告の印章によるものであることが認められ、このことと≪証拠省略≫とを綜合すれば、本件手形が不渡となり原告がこれを再取得した後の昭和三八年三月中旬頃、被告弓立はその妻節子を介して原告に対し、本件手形金債務を承認してその支払の猶予を求め、右訴外弓立節子が被告弓立宛に振出し、同被告が裏書をした、金額各金三万円・満期昭和三八年五月二五日から昭和三九年一二月二五日までの毎月二五日・支払地東京都豊島区・支払場所池袋信用組合・振出地東京都新宿区、振出日付白地の約束手形計二〇通合計金額六〇万円を右訴外人を介して原告に交付し、これにより原告が本件手形金の分割弁済を認め、その支払を右手形の各満期日まで延期したものであること、及び右各手形は満期を経過し現在未だ決済されていないことが認められる。証人弓立節子の証言中右認定に牴触する部分は信用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。右認定事実によれば、本件手形の消滅時効は前記承認によって中断し、早くとも昭和三八年五月二五日から再び進行を開始したものであるから、これから一年内に提起された本訴の提起により所持人たる原告の裏書人たる被告弓立に対する時効は未だ完成しないものといわねばならない。被告は本件(ロ)の手形は六ヶ月の消滅時効にかかるものであると主張するけれども、原告は満期当時の所持人訴外全東栄信用組合から右手形を買戻し所持人の地位を承継したものであって、右訴外組合から遡求権の行使を受けてこれを買戻したものでないことが、さきに認定したところから明らかであるから、本件の場合は(ロ)の手形についても原告の裏書人たる被告弓立に対する請求権の時効期間は一年と認むべきである。

以上のとおりであるから、被告弓立は原告に対し本件(イ)の手形金の内一万七、四三二円及び(ロ)の手形金三五万円の合計三六万七、四三二円の支払義務があるといわなければならない。

二、被告巴山に対する請求について

原告主張の請求原因事実中、手形振出、支払呈示及び支払拒絶並びに手形所持の点は当事者間に争いがなく、その余の点は≪証拠省略≫並びに本件口頭弁論の経過とを綜合してこれを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。上記認定事実によれば、原告は本件(イ)及び(ロ)の手形の実質上の権利者であることが認定できる。

そして、被告巴山の主張は単に受取人被告弓立に対する人的抗弁事由であるに止まり、これを以て原告に対抗することができない。

しかしながら、本件(イ)の手形金二五万円のうち一万七、四三二円を超える部分は利息制限法違反の不法な原因関係に基づくものであるが故に原告において直接の当事者である裏書人被告弓立に請求しえないものであることはさきに認定したとおりであって、被告巴山が原因関係の当事者でないからといって、原告に不法の利益を享有させるべきものではないから、右超過部分については振出人巴山に対してもその請求をなすことはできないと解するのが相当である。被告巴山はこの点につき何らの抗弁も提出しないけれどもかかる事由は職権を以て斟酌すべきであると考える。

そうすると、被告巴山は被告弓立と合同して被告弓立と同様の金三六万七、四三二円の支払義務があるといわねばならない。

三、結論

よって、原告の本訴請求は被告らに対し合同して金三六万七、四三二円の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤野博雄)

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